検索
  • 清水涎

書物・書店・衣服(2020.12.24)

 


 椅子に腰掛けた時の頭部から足先までの高さと、本棚に掛かったハンガーラックの内径がぴったり同じだったから、今は本棚に埋まったような姿勢で頁を捲り、文字を打っている。


 テキスタイル(布地)とテキストは語源的に繋がっているので、テキストが糸であってもおかしくはない。-多和田葉子『ヒナギクのお茶の場合|海に落とした名前』


 衣服のデザインを学ぼうとするよりも昔から、私の鼻先には書物と、書店があった。

 棚の間を歩く時、殆どの場合で、私は目的のイメージを持っていない。彷徨うように、左右上下に。追って進めば、思い出せずにいた題名をもつもの、知った著者だが見知らぬもの、古典的で何度となく引用され続けたもの、そして、記憶と関係性を持たない輝く書物に 必ず手が止まっている。退屈しながらも登校していた理由は、図書館へ書店へ、立ち寄ることを楽しみにしていたからだった。


 ある書店主の顧客たちは、彼から購入した書物の読者であると同時に、彼の読書の読者なのだ。-ジャン・リュック=ナンシー『思考の取引 書物と書店と』


 作り始めた衣服には、それぞれ書物の名前をつけた。かといって登場人物の衣装が完成するという訳でもないから、何を作っているのかと聞かれる度に、私にだってわからないのだと泣いてしまいたかった。


 書物に触れて、文体に身体が馴染んでいくのが気持ちいい。硬い書物、乱暴な書物、冷たい書物、揺れる書物、静かな書物。衣服に触ると思う。私の読書が衣服という形をとって、存在しているのかもしれない。


 次は読みこぼしませんようにと、同じ書物を二周三周(多いものだと十や二十)読むのが私の読書の癖だ。衣服を纏ったあなたの読書の気づきを、私もどこかで、たとえ一周目でなくても二周三周している内に、気づけていたら嬉しいと思う。これら衣服が、私たちの読書を含んで存在していたら


 この世界において、すべては、一巻の書物に帰着するために存在する。-ステファヌ・マラルメ


 衣服を縫い続ける書店主についての文章が、いつか偉大な書物に収録される日へ、日々を捧げて。



最新記事

すべて表示

書物・絵・衣服(2020.12.26)

Mは、私の簡単な冗談に対していつも困ったような顔をする。捲り剥げボロボロになった『モモ』を手渡してから数ヶ月が経った頃、何枚かの絵が送られてきた。

書物・身体・衣服(2020.12.23)

肩幅が狭い衣服を着ていると、どんなに広大なヴェルヌの冒険物語も窮屈に思う。読書に身体を持ち込みたくないと大きな声で言ってみたって、頁を捲っているのは紛れもなく左手で、文字を追うのはこの眼球だった。