- 清水涎
書物・絵・衣服(2020.12.26)
夜の記憶を持たないまま朝になっていた。本棚との間に置かれた小さな椅子に、一晩、歪な姿勢で(首から上を右の棚に、腰から下を左の棚に支えられて)眠っていたようだ。妙に心地よく、次の朝までここにいてもいいと思える。
あまり会わない友人のひとりに、Mという人間がいる。Mとは、大学をずる休みして通ったファッションショーで知り合って以来、年に一度、私の知らない音楽やバンド名を教えてもらっている。
アトリエと呼んでいる小さな私の部屋は、何枚かの紙片が一部の壁を埋める。その多くは、書き写された詩や文章で、衣服の構想やスケジュールが数枚、絵の書かれたものが二枚。二枚の絵はどちらも以前Mから贈られたものだった。
Mは、私の簡単な冗談に対していつも困ったような顔をする。捲り剥げボロボロになった『モモ』を手渡してから数ヶ月が経った頃、何枚かの絵が送られてきた。
ぼくはミヒャエル・エンデの「モモ」の物語から構成された服に
ぼくが読んだ「モモ」を描いてシルクスクリーンで刷りました- mohekun @endandroll
衣服の構成を型紙から練り直し、縫い直して、シルクスクリーンの工場へ出向いた。地下室には、また私の知らない音楽が鳴り広がっている。音楽にインクの匂いが重なっているからか、身体に触れている空気に重量があるように思った。
ワンピースの背中へ、ジャケットの裏地へ、ポケットの裏へ。インクをのせては、スキージーと呼ばれる長方形のゴムを奥から手前に。彼女の手が動く。ずれないようにと目を凝らす。その様子を見守っている内に私はだんだんと眠くなり、気づけば三鷹駅ホームベンチにひとりで座っていた。
-ベッポ、モモ、ジジ、
たくさんのよいともだち
つぎの一歩のことだけ考えるんだ
時間の花、人生に流れる音楽、お前もその一部になる
街と不在、
大人になったら、大人になっても
手を繋いでいて
過去と今と未来と
手を繋いでいて
ともだちと
手を繋いでいて
光と
手を繋いでいて
頼りない夜と
手を繋いでいて
自分自身と
すきなものはすきなままで大丈夫だということを何度も忘れる
-ジジはやっぱりジジのままでいたいよ
ことばで紡いだ糸でつくられるそれは
あなたしか知らないことばを含んだ服だ
彼女が選び手にした生地でつくられるそれは
色、形、重さやことば以外の目に見えること
あなたがよく知る物語を纏える服だ
形のないものが形を持ったりして
あなたと日々を過ごしたりする
手を繋いだその先の相手の中に鳴る音楽を
生きている間にどれだけ聴くことができるのだろう
やみにきらめくおまえの光
壮大な音楽
-mohekun @endandroll
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